『White Album2』の物語の構造分析

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WhiteAlbum2

 『元年春之祭』の陸秋槎が『ミステリマガジン』2019年3月号の寄稿において、影響を受けた作品のなかで、『CROSS†CHANNEL』『キラ☆キラ』『White Album2』の3作を「魂の名作」と評していた。
 いわゆるエロゲの成熟期における代表的なシナリオライター虚淵玄奈須きのこ田中ロミオ丸戸史明、るーすぼーいは現在のアキバ系サブカルチャーに強い影響を及ぼしている。個人的には評価しないが麻枝准もそうだ。
 このなかで丸戸史明はいわゆる作家性より、技術的な水準の高さが際立つ。映画監督でいえばビリー・ワイルダーだろう。名匠と呼ぶのがふさわしい。
 とくに本人の代表作であり、エロゲそのものの代表作である『White Album2』は構成がきわめてロジカルで、技術の粋を極めている。だが、本作は「感動的」と評されるあまり、その技術に注目されることが少ない。
 そこで、本稿では『White Album2』のシナリオを分析し、脚本における技術の重要性を確認する。また、付論として丸戸史明がライターの『パルフェ』のシナリオもみる。両作のネタバレをしているため、注意されたい。
 余談だが、ライトノベルの『冴えない彼女の育て方』において、丸戸史明はこうした脚本上の技術をほとんど使っていない。個人的に残念に思う。

『パルフェ~ショコラ second brew~』

・あらすじ:八橋大学(事実上の一橋大学)経済学部3年生の高村仁は、半年前、義姉の経営する喫茶店が全焼する不幸に見舞われていた。そこに、近日開店する大型ショッピングモールのテナントに出店できる僥倖が訪れる。仁は義姉、そして店員たちと悪戦苦闘しつつ新店を経営することになる。
・本作の白眉は里伽子ルートだ。夏海里伽子は仁の旧友で、新店には参加しないものの、陰ながら仁を手伝うことになる。
 このルートではどんでん返しがあり、里伽子がじつは利手だった左手が不随になっていたことが明らかになる。件の火事のとき、里伽子は左手の神経を損傷していたのだ。そして『パルフェ』という作品において巧妙にその伏線が張られている。共通ルートにおいては、里伽子が食事をみられたがらないこと、講義ノートをみられたがらないこと、メガネをかけているところをみられたがらないことだ。メガネを着用するのは片手ではコンタクトを嵌めることができないためだ。そして、そのそれぞれで伏線が笑劇として巧みに消化されている。何より、里伽子が頑なに新店を現場で手伝わないことが最大の伏線になっている。里伽子ルートでは、濡場になったときに里伽子は両手を縛らせ、物語の後半からは火傷と称して左手に包帯を巻く。
 そして、どんでん返しがおきたとき、読者は障害のことを隠していた里伽子の憎悪と、それを超える愛情を知る。

《「好きだから、好きだから、大好きだからっ! 仁が、憎いよぉっ!」》

 感動は技術がおこすのだ。

『White Album2』

 作品のコンセプトもすばらしい。『天使のいない12月』のなかむらたけしが原画を務める。作中の季節は一貫して冬だ。デザインは寒色を基調とし、輝度が高く、彩度が低い。音楽はいずれもピアノが際立つものだ。
 本作は三部作で、以下、順番に確認する。

○introductory chapter

エピグラフ:《初めて好きな人が出来た。一生ものの友だちができた。嬉しいことが二つ重なって。その二つの嬉しさが、また、たくさんの嬉しさを連れてきてくれて。夢のように幸せな時間を手に入れたはずなのに……》
 本作は非常にロジカルで、このエピグラフがコンセプトと物語の骨子を要約している。
・導入部は、空港で春希とある少女がある少女を見送っているというものだ。三角関係により、もともと交際していた2人も離別したということが示される。「悲しさのあまり、あなたがわたしを受け入れてるって、最低の思い込み、しちゃうよ?」。
・あらすじ:峰城大学(事実上の慶応大学)付属高校3年生の北原春希は学園祭にバンドで参加する予定だった。しかし、ボーカルの少女を巡る痴情のもつれにより、バンドは解散。春希と親友の飯塚武也だけが残される。
 春希はふとした偶然から、学園のアイドル・小木曽雪菜と知己になり、彼女をボーカルにバンドを再結成しようとする。他のメンバーを募集しようとしたところ、今まで壁ごしに合奏していた人物の正体が、同級生の不良の冬馬かずさであることを知る。春希はかずさを勧誘するが拒絶される。
・序盤に面白みはない。かずさが物語に登場して、ようやく面白くなりはじめる。雪菜が誘いに乗ったのは、春希のことが気になりかけていたからだ。明示されないものの、春希はかずさに片思いしていて、かずさも春希に好意を抱いているらしい。ただし周囲から弧絶しているかずさは、おそらくその思いを告白しない。
 それが、学園祭というきっかけで春希と急接近する。雪菜がかずさの勧誘に成功したとき、「あなたも男の趣味が悪いね」という趣旨のことを言う。ここから学園祭までは王道の三角関係モノのラブコメだ。その後の悲劇が本編の核心である。
・学園祭は無事に成功する。春希たち3人は「このままずっと3人でいよう」と誓う。
・学園祭の直後、音楽室で、春希はかずさのピアノを聴きながら眠ってしまう。目覚めたとき、眼前には雪菜がいた。雪菜から告白され、春希はそれに応じる。『White Album2』はここからはじまると言っていい。
・春希はかずさに雪菜と交際することを告げる。かずさもそのことを承諾する。『White Album2』は三角関係モノでありながら、登場人物たち3人は廉潔で、それぞれ自分の行動にきっちりとケジメをつけている。それが本作を高い完成度たらしめ、また、悲劇性を強めている。
・雪菜とかずさが対話する。「だって、だって… わたし、知ってたんだ。ずっと、知ってたんだよ」。かずさは春希と雪菜の2人が好きだから、(言葉にはしないが春希に気があったことを認めつつ)2人と友人関係を続け、2人の交際を祝福すると言う。
「かずさが…さぁ…っ、かずさが男の子だったらよかったのになぁっ」「そしたら…どうなってたんだろうな」「そしたら…そしたらね…っ、きっとわたし、かずさも春希くんも好きになっちゃって、やっぱり酷い女の子になってたって思う」
 名言である。
12月24日。『White Album2』はきわめてロジカルな構成で、序章、終章とも12月24日と2月14日が転機になるように構成されている。
 春希たち3人は卒業旅行として温泉旅行にゆく。夏に免許をとったかずさが車を出すのだが、このあたりが大変よく書けている。丸戸史明の地力の高さが伺える。
 『White Album2』の登場人物たちは廉潔なので、かずさの同伴している旅行で春希と雪菜が恋人らしくすることはない。春希とかずさは微妙な雰囲気になりかけるが、たがいに否定する。
2月14日。雪菜の誕生日。だが、かずさと連絡がとれない。かずさの自宅にゆくと、母親の冬馬曜子がいて、かずさがオーストリアに転居することを告げられる。その下見のため、かずさは渡墺していたのだ。オーストリアは国際的ピアニストである曜子の実家があり、かずさは母親と復縁するとともに、進路をピアニストに定めたのだった。春希は雪菜を残し、空港までかずさを迎えにゆく。ここからの一連のシークエンスが本章の白眉である。
 春希はかずさを雪菜の誕生日パーティーに参加するように説得するが、かずさは顔を合わせにくいと言って断る。黙って渡墺しようとするかずさを春希は責める。
 それに対し、かずさは悲痛な声で応える。この「そんなのはなぁ………っ、親友の彼氏に言われる台詞じゃないんだよ!」の台詞をスクロールした瞬間、BGMが『After All -綴る想い-』に変わる。この挿入歌は最終章『coda』の場面でも使われる。コーラスはかずさ役の声優であり、物語上の場面はともにかずさが傷ついているところだ。この2つの場面が『White Album2』でもっとも盛りあがるところだ。つまり、雪菜とかずさの二者択一の葛藤が顕在化する場面だ。
 『After All -綴る想い-』そのものも非常な名曲だ。ハ短調の旋律的で力強いピアノの序奏を聴くたびに、かずさの哀切さを想起する。

《「そんなのはなぁ………っ、親友の彼氏に言われる台詞じゃないんだよ!」「っ!?」「あたしの前から先に消えたのはお前だろ!? 勝手に手の届かないとこに行ったのはお前だろ!」「え…」
 ふたたび目を上げると… そこには、俺が零しそうになっていたものが、もう、とめどなく溢れていた。
 信じられないことに、冬馬の瞳から。
「手が届かないくせに、ずっと近くにいろなんて、そんな拷問を思いついたのもお前だろ!」
 冗談でも、なんでもなく… こんな言葉と態度を、冗談でできる奴なんか、この世にいるわけがないって、信じられるくらい。
「なのに、なんであたしが責められなきゃならないんだ…?」
 その震える口からこぼれる言葉と、その歪んだ表情から溢れる感情が、冬馬の叫びと同調していく。
「あんな…毎日、毎日、目の前で、心抉られて… それが全部あたしのせいなのかよ…酷いよ…っ」
 それでも…
「冗談………だよな?」
 俺の口は、相変わらず冬馬の言葉を否定する。
「まだそんなこと言うのかよお前は…」「だって冬馬…お前、俺のことなんかなんとも… 俺だけが、俺だけが勝手に空回りして、 変に諦めきれなくって、情けないなって…」
 だって、否定しなければ… 逆に、今までの俺の決断が全部否定される。
「だから俺…せめて誠実にだけはなろうって。雪菜にも、冬馬にも、嘘だけはつきたくないって」
 ずっと、冬馬のことを想っていたことも。雪菜に、あっという間に惹かれていったことも。
「雪菜が告白してくれた時だって、冗談だろって言いそうになったけど…それでもものすごく真面目に考えた」
 雪菜の歌声に引き寄せられたことも。冬馬の演奏に身を委ねていたことも。
「けど、雪菜のこと、好きか嫌いかなんて聞かれたら、そんなの考えるだけ無駄だろ? 好きに決まってる」
 じゃあ、どっちが一番かなんて聞かれたら、本当は、結論が出てたってことも。
 「そう言ったら、雪菜はまた冗談みたいに喜んでくれた。それで、さすがに本気なんだって、気づいた」
 だけどそんな、自分の勝手な思い込みよりも、思いをぶつけてくれる相手の言葉の方が強くて尊いって、そう信じたことも。
「それでもやっぱり、冬馬にも嘘はつきたくなかった。だから、冬馬には一番に知らせた」
 何も言ってくれなかった相手には、俺の思いは届いてないんだって、そう信じてしまったことも。
「あたしに最初に言うことが誠実なのか…? そんなののどこが誠実なんだ?」「だって冬馬………俺たちのこと、認めてくれるって」「人を傷つける事実を堂々と相手に押しつけて、それで自分は誠実でしたってか?」「傷ついてるなんて知らなかった。だってお前、いつも通りだった…」「そんなの、女の扱い方を何も知らない、つまらない男の無知じゃないか」「そうだよ、俺はそういうつまらない普通の男だよ。冬馬みたいな奴が振り向くはずのない…」「そんな女のこと何も知らない奴が、あたしの想いを勝手に否定するな! あたしがつまらない男を好きになって何が悪い!」「そういうことは最初に言ってくれよ! 俺なんかにわかるわけないだろ!?」「言えるわけないだろ! 雪菜がもう言っちゃったのに… 雪菜を傷つけるってわかってるのに…っ」
 ほら見ろ… お前だって、俺と同じじゃないか。雪菜に対して誠実でいるために、俺に対して誠実でいられなかったじゃないか。》

 

《「北原とあたし、たった今、友達になっちゃったな」
 冬馬が、目元をぐいっと手でぬぐって、もう一度、無理やり卑屈に笑った。
「言いたかったこと、全部言っちゃったな。なんでもわかってる間柄に、なったもんな」「冬馬…」「友だちになった瞬間、絶交だけどな」
 冬馬が一歩、二歩と、後ろに下がる。また、車道に逃げようとする。
「追うな…今度こそ追うなよ? 二度と、あたしの前に顔出すなよ?」
 …俺から、離れていこうとする。
「あたしも今…こんなこと言ってるけど、内心じゃものすごく後悔してるんだからな?」
 だから俺は… 一歩、二歩と、距離を詰める。冬馬を、追い詰める。
「ちょ、ちょっと… 北原、だからやめろって…」
 俺に気を取られていた冬馬は、ガードレールに阻まれ、それ以上後ろに下がれない。だから俺は…
「や、やめ、やめ………やめてよぉ。こんなの、駄目だって…ば…」
 捕まえた。やっと、冬馬を、この腕の中に、捕まえた。
「っ…」「北原…北原ぁ…っ」
 肩を掴み、正面を向かせると、真っ赤に腫れ上がった目と、濡れた頬が、いつもの冬馬と全然違う雰囲気を醸し出していた。》

 イベントCGで2人のキスシーン。美しいものだ。BGMは穏やかなものに変わる。が、かずさは拒絶する。ここでBGMが『氷の刃』に変わる。

《俺の胸と頬を、激しい拒絶の意志が貫いた。
「はっ、はっ、はぁぁ…っ」「と…冬馬…?」
 胸を思い切り突き飛ばされ、次の瞬間には、頬を思い切り引っぱたかれてた。どこまでも明確な、拒絶の意志。
「ふざけるな…ふざけるなよっ」
 もう遅いって。
「冬馬、俺… 俺はお前のことがさぁっ!」
 今の冬馬は、もう俺のことを振り返ったりはしないって。
「なんで…」
 俺なんか、眼中にないんだって…
「なんでそんなに慣れてんだよっ!」「………ぇ?」
 そう、言ってくれればよかったのに…
「雪菜と…何回キスしたんだよ!?」
 なのに、冬馬の口から出た言葉は…
「どこまであたしを置いてきぼりにすれば気が済むんだよ!?」
 信じられないくらいの悲しみが籠った、心からの嫉妬、だった。》

 すごすぎる。かずさが雪菜を裏切ることを受容するか拒絶するかに読者の関心を誘導し、かずさが拒絶し、やはり雪菜への友情が勝ったのだろうと思わせたところに、この台詞をおく。ピアノ曲で言うところの超絶技巧だ。「なんでそんなに慣れてんだよっ!」の台詞そのものも素晴らしい(当然、ここまでで恋人同士になった春希と雪菜は何度もキスしている)。
かずさの渡墺前日。春希は電話でかずさに別れを告げられる。かずさは自分とはもう会うな、雪菜の恋人を全うしろと言う。が、春希は通話の背景音から、かずさは自分の家の門前で電話していることに気づく。対面すると、もはやたがいに自身の恋情を否定できず、2人はセックスする。
 『White Album2』は非常にロジカルで、エロゲーというジャンルにより濡場がかならずあることと、三角関係という主題により、セックスが物語を左右する。春希は規範的な人物で、一般的にはセックスするような流れでも自重する。そのことが本作のロジカルさを高めている(このため、おそらく濡場の数値目標があるために、セックスしたときは何回戦もしている)。
渡墺当日。空港へ向かうゆりかもめの車中で、春希は雪菜に浮気を告白する。それに対し、雪菜は自分がかずさより春希を愛しているわけではないと応える。すなわち、どちらかといえばかずさへの友情のほうが勝っている。それでも春希と恋人になったのは、このままだと春希とかずさが恋人同士になることが明白で、その場合、当然の推移として自分が疎外されるだろうから。自分が先んじて春希の恋人になることで、3人の関係性を維持しようとした。
 ここは台詞回しも巧みだが、正直、春希とかずさだけに《原罪》を負わせないようにするという作為を感じた。さらにいえば、雪菜という存在そのものが、三角関係と浮気という主題を成立させるための作劇上の都合に思われることがままある。
・空港で、雪菜の眼前において、春希とかずさは抱擁を交わす(まさにこの言葉どおりのイベントCGがある)。それは、3人の関係が決定的に破綻したことの象徴だった。そして導入部に戻る。
 この『introductory chapter』だけで10時間ほどの分量があり、内容も十分だ。物語としても単体で完結している。

○closing chapter

・あらすじ:introductory chapterから3年後。春希と雪菜は峰城大学に進学していた。2人は自他ともに認める恋人同士であったものの、事実上は絶縁していた。そして、2人は関係を修復するか、完全に破局するか、どちらとも決めかねていた。
・本稿では雪菜ルートについてのみ記述する。丸戸史明の脚本の執筆は「CC:千晶、小春、麻理、雪菜」「coda:浮気、雪菜、かずさ」の順番だ(

社会に全力で立ち向かいたい人のための,PS3「WHITE ALBUM2」インタビュー。シナリオ・丸戸史明氏,原画・なかむらたけし氏に聞く,その思惑 - 4Gamer.net

)。よって、それぞれ「雪菜ルート」と「かずさEND」を正史としていいだろう。
 本章では春希と雪菜の関係は別れたほうがいいものとして設定されている。そして、千晶はともかく、小春と麻理はかなりかわいく描かれている。しかし、そうして順当に雪菜と別れると、雪菜のいたいけさが引立つようになっている。なお、雪菜ルートそのものは、時間をかけて2人の関係を修復するというもので、率直に言えば退屈だ。
・かずさルートは存在しない。かずさの出番そのものがほとんどない。唯一、かずさルートに進むことができるようにみえる「コンサートに行く」という選択肢があるが、これはただのギミックで、実際には選択できない。そして、春希とかずさがたがいに再会の機会を失ったことも知らず、かずさがもう日本にくることもないと独白し、春希と雪菜の幸福を祈るところだけが描写される。当然、読者は雪菜ルートをクリアしたあとに選択肢が解放されるものと推測し、雪菜ルートのシナリオを進める。だが、そのエンディングののち『coda』の導入部がはじまる。なお、「コンサートに行く」の選択肢のギミックは表示されなくなる。
・この状況につき、序盤で雪菜がもう別れたほうがいいと漏らし、必死に撤回する。このあたりの筆致はさすがだ。
・大学3年生になり、春希は雪菜と距離をおくため、政経学部から文学部に転部している。そして、出版社に就職することを決め、中堅どころの出版社の開桜社の編集部でアルバイトしている。
 ある日、春希にアルバイトながら記者の仕事が与えられる。向上心の強い春希としては、絶対に失敗できない。だが、その記事は新進気鋭のピアニストである冬馬かずさの取材だった。元同級生の縁故でその記事を任されたのだった。
 この構成の結構性がすばらしい。こうして春希はかずさとの過去を反省させられる。
 なお、物語が進むと、学園祭の映像記録のDVDが出てきて、小春、麻理がそれぞれ春希とかずさの過去を知ることになる。この小道具の使用も巧みだ。
・失敗を経て、春希はかずさの特集記事を脱稿する。それは、かずさとの過去を清算したことを意味するはずだった。
12月24日。武也と、同じく旧友の水沢依緒の後押しもあり、春希と雪菜は関係を修復する。春希は件の記事の掲載された雑誌をみせ、過去を清算したことを告げる。そしてホテルに泊まる。3年間交際を続けていながら、ここまで2人に肉体関係はない。前述のとおりのロジカルさだ。
 だが、セックスに及ぶ直前で雪菜は豹変する。
 以下の台詞からBGMが『氷の刃』に変わる。

《「もう、正直に言っちゃうね」
 ホテルに入るまでの、堂々と俺に身体を預けた雪菜とは違う。
「春希くんが本当のこと話してくれないから、わたし、切れちゃうね」
 赤く腫れた目で、ようやく俺を正面から見据え、もう、何もかも諦めたように、堂々と俺を否定する。
「わたしね、この記事、もう何十回も読んだんだ。読むたびに、笑って、泣いて…」「心と身体の両方が痛くて、たまらなくて… 自分を抱きしめたまま、眠れない夜を過ごしたよ」「だって…言ってること何も変わってないんだもん。かずさを追い続けてた、あの頃の春希くんと」
「何を… そんなこと、あるわけ…」
 論破、しないと。抱きしめて誤魔化せない俺だから。言葉を連ねて言い負かすことだけは得意な俺だから。
「俺、あいつを利用したんだ。売り渡したんだ。ただウケ狙いで、悪口ばかり面白おかしく書き殴って…」「こんなに愛が籠もってるのに? かずさへの気持ちが滲み出てるのに!?」「………」
 …なのに、たった一言で、黙らされてしまう。
「そうだよね、春希くんはかずさのこと、いつも悪く言ってた」「照れくさそうに、自慢げに、まるで自分のことみたいに…」「最初は悪口ばかりだけど、そのうち一生懸命庇い始めて、でも、最後は余計なお説教で照れ隠し」「これは、この文章はさぁ…あの頃の春希くんの言葉そのままだよ…っ」
「ぁ…ぅ」
 否定する言葉が頭に浮かんでも、口が否定してしまう。
「こんな想いを込めたラブレター見せつけられて、わたし、どうやって納得すればいいの…?」
 全然、そんなつもりじゃないんだ。ただ、採用されればいいって。ちょっと誇張して、下手をすれば捏造までして、自分の評価さえ上がればそれでいいって。かずさへの想いなんか何も関係なく、ただネタ的に美味しいものを並べただけで。
「嘘つき」「っ…」「春希くんの、嘘つき」「ぁ…ぁ」「嘘つき…嘘つき嘘つき嘘つき…っ」
 そんな… 俺が頭の中でついた嘘まで、勝手に見抜かないでくれよ…》

 本章の白眉である。ここまでが共通ルートだ。
・この後、春希と雪菜は時間をかけて関係を修復する。この微温的な展開は独白で自虐までされている。
・雪菜をライバル視する柳原朋の計略で、雪菜はバレンタインイベントのステージに立つことになる。なお、朋は『introductory chapter』の冒頭でバンドが解散するきっかけをつくった人物だ。じつに構成にムダがない。3年前から歌を忌避していた雪菜だったが、春希の助けで回復する。そして2月14日。春希のギターの伴奏で雪菜は歌う。それは、3年前の学園祭でのバンドに対し、3人からかずさがいなくなったことを、2人が認める儀式でもあった。
 こうして名実ともに恋人同士になった2人はセックスする。
・そして2年後の12月24日、春希はストラスブールにいた。春希は無事に開桜社に就職していた。仕事の都合で海外出張したついでに、春希と雪菜は婚前旅行することにしたのだ。そして、この日、春希は雪菜に正式にプロポーズすることに決めていた。街頭で春希は自分の名前を呼ばれる。だが、その声の主は雪菜ではなくかずさだった…

○coda

・事実上の本編。上掲の記事によると、『君が望む永遠』は二部構成で、第1部の終結部における転調が全体の構成の要になっているが、本作ではそれが第2部の終結部にある。元は『White Album chapter』という題名だったらしい。
・前述のとおりかずさENDが正史だ。
 三角関係モノときいて、まず思いつく最悪の展開は、2人のヒロインが掴みあいの喧嘩、いわゆるキャットファイトをして、事後に和解することだろう。雪菜ENDではそれをする。その場面がはじまったとき、かなり鼻白んだ。とはいえ、こうした総花的な結末も読者が期待するもので、なければまた不満を覚えただろう。物語の大枠としては、かずさが視野を広げ、二者関係に留まらない社会性を身につける。そして春希と雪菜を祝福する。その過程で3人が共同作業し、5年前の再演をするというものだ。正直なところ、予定調和的なシナリオで、あってもなくてもどちらでもいい。
・『introductory chapter』と『closing chapter』では12月24日と2月14日が転機になっている。本章は導入部が12月24日で、物語上はかずさの2度の日本公演が転機になっている。
・導入部で、かずさが足を怪我しているというのが巧みだ。春希とかずさは即座に距離をおこうとするが、その外的な事情により、やむなく密接な関係をもつことになる。
・かずさの日本公演が決まる。そして、曜子の差配で、かずさは春希の隣室に転居する。かずさはもともと生活力がないことに加え、日本で実力以上の注目を集めていたことにより、精神的に衰弱していた。そのため、やむなく春希がかずさに親身になる。
 余談だが、曜子のモデルは内田光子だろう。個人的には、端正な演奏でもピリスは好きだが、内田光子はそこまでわからない。無論、きわめて高い水準にあることはわかる。要するに、私は感受性に欠けているのだ。しかし、そのほうがアーティキュレーションに注目することができるはずだ。その姿勢は本稿でも活きていると思っている。
・春希とかずさはどうしようもなく愛情が再燃していた。だが、2人はあくまで雪菜への義理を守り、廉潔であろうとする。
 かずさの日本公演の前日。取材の一環で、2人は峰城大学付属高校にゆく。そして、そこでかずさは5年前、学園祭のあと、雪菜が春希にキスした場面を再現しようとする。だが、その場面をかずさがみることはできなかった。だとすると、その場面をみたのはかずさではなく…
 次の台詞からBGMが『After All -綴る想い-』に変わる。前述のとおり、ここが『White Album2』でもっとも盛りあがる場面の1つだ。Leafのアンケートによると、次の台詞が本作でもっとも人気があるらしい。

《「あたしが、先だった… 先だったんだ」「かず、さ…っ」
 かずさの手のひらが、俺の頬に触れる。もしかしたら、これも五年前の再現なのかもしれなくて。…俺が目覚める、ほんの数分前の。
「キスしたのも、抱きあったのも。…そいつのこと好きになったのも」「~~~っ」「卑怯な真似だって… 許されることじゃないってわかってた」
 かずさの吐息が、一声ずつ俺に触れる。
「でも、告白なんてできる訳がなかった。あの時のあたしは、あたしですら大嫌いな奴だったから、そいつが好きになってくれるわけないって思ってた」
 かずさの唇が、俺の唇と触れそうなくらいまで近づいてくる。
「だから、そんな自分にふさわしい最低の真似をした。そこまで切羽詰ってたんだ。苦しかったんだ」
 もう、俺の視界の中にかずさの表情が収まりきらなくなっていた。
「…誰にも、奪われたくなかったんだ」
 かずさの身体から、甘い匂いがする。かずさが甘党だからとか、そんな色気のない話では逃げ切れないほどの、心の底まで揺さぶる香りだった。
「でも、その日のうちに雪菜に奪われた。何もかも、雪菜に持っていかれた」
 かずさの声が、胸に響く。甘い匂いとは対照的な、顔をしかめたくなるくらい痛々しい言葉とともに。
「だって、思わないって。あたしみたいな変な女が他にもいるなんて…」
 あまりにも、痛かった。その言葉が、立ち振る舞いが、五年前と何も変わっていないって、俺に勘違いさせることが。
「あんないい奴が、あんないい女が… あんなに悪趣味だなんて、そんなの誰がわかるんだよ…」
 五年前の、かずさの慟哭も… 熱さも、冷たさも、悲しさも、痛々しさも、あの別れの夜から何一つ劣化していないって、俺に勘違いさせることだ。
「春希、春希ぃ…」「やめ…ろよ」
 触れてしまいそうなほど目の前のかずさの瞳が、ゆっくりと潤んでくるのを見てしまった俺は、自分もそうなっているかのような声を上げた。
「からかってんだろ? 俺に仕返ししてんだろ? そうだろ…そうだって言ってくれ」
 悲しかったから。俺の、進んでしまった時間と、かずさの、停滞した時間との間に、こんなにも決定的な乖離が生まれていることが。乖離…してるはずだ。
「冗談だと…思うか? ここまで言っても、冗談だって笑うのか? 春希」「俺が笑えるわけないだろ… だから頼む、お前の方から笑ってくれよ」「っ…」
 瞬間… かずさの潤んだ瞳から、ゆっくりと雫が伝った。
「お前が笑ってくれないと、俺、どうしていいかわかんないよ…っ」「どうすることもできないくせに、今さらどうしようもできないのに、わかんないとか軽々しく言うな…っ」「ならお前も今さらなこと軽々しく言うな! 今日が最後だって言うなら墓まで持ってけよ!」「………っ、春希… 春希、春希…酷い、よ」「酷いのは… 酷いのは、お前の… かずさ…お前の方が…」》

 そして、2人はキスをする。

《「………ごめんな、春希」「え…」
 けれど、触れたのはほんの一瞬だった。
「駄目だよな…ほんと、全然駄目だよな、あたし」「かずさ…?」
 俺の肩に手を置いたまま、かずさがゆっくりと距離を取る。
「そうだよ、冗談だよ。からかってたんだよ。春希に、仕返ししたんだよ」
 今さら言ったって遅すぎる… 誰も信じない言い訳とともに。
「その証拠にさ… はは、あははっ、笑ってるだろ? あたし」
 目を真っ赤にして、けれど多分、その微笑みだけは心の底から。
「だから、ほら、これで最後の取材も終わり。…お疲れさまでした」
 俺に対する強がりと、雪菜に対する気遣いと。かずさ自身の、本当に、本当に小さな願いが満たされたという喜びとともに。》

 ロジックの粋である。
日本公演当日。自分の自制心に自信のなくなった春希は、ケジメをつけるため、コンサートに出席せず、仕事で大阪に出張している雪菜のもとにゆく。
 だが、結果、かずさの公演は表面上は無事に終わったものの、批評的には酷評されることとなる。
・かずさは失踪する。また、曜子は音信不通になる。春希はかずさのかつての生家でかずさを発見する。売家になった、かつての生家に不法侵入したかずさは手を負傷していた。
 かずさを責める春希に、かずさはコンサートにこなかったことを非難する。かずさはそのコンサートで春希への愛情を諦めようとしていたのだ。ここでのBGMは『氷の刃』だ。「どうして思わせぶりなことばかり言ったんだ。どうしてあたしのこと… 嫌ってないみたいな態度取ったんだ」「嫌ってないからだよ! 決まってるだろ!」「嫌ってないくらいであたしの心を乱すな! あんな、期待させるような、手を伸ばせば届くって錯覚させるような…」。「なのに、いつも最後の最後でするりと逃げて… あんな痛くて苦しい拷問、耐えられるわけないだろ…」。「お前に聴かせるためだけに帰ってきたのに… 最後に、最高の演奏を聴かせて、今度こそ、諦めるはずだったのに」。「なのにお前は来なくて、あたしは最低の演奏をして、今度こそ、何もかも失った」。
 自暴自棄になるかずさを春希は必死でとめる。それに対して、かずさは憎悪とともに愛情を告白する。
 それに対し、春希はあくまで雪菜への義理を守り、かずさを拒絶する。実際のところ、春希は雪菜よりかずさへの愛情のほうが勝っているから、たとえ仮初めのことでもかずさを愛することはできない。また、それは最終的に雪菜を大事に思っているかずさをも傷つけることになる。このロジックはすばらしい。なお、ここでかずさを受容し、セックスすると浮気ENDになる。
・曜子が音信不通になったことの真相が明らかになる。曜子は白血病に罹患していた。そして、死地として日本に永住することを決めていた。また、かずさに親元を離れて独立することを望んでいた。日本公演はそのための試金石だった。さらに、この機会に春希との関係を清算させようとした。しかし、逆に2人の愛情が再燃してしまった。
 かずさが唯一の肉親と社会との関係を失う。新進気鋭のピアニストであるかずさは、対人関係がまったくできず、母親が死ねば、ただの生活能力のない無職になる。
 曜子に依頼され、かずさの追加公演までに、春希は曜子とともにかずさを精神的に自立させようとする。また、かずさの手の負傷が回復するまで、生活を支えることになる。
 『closing chapter』の雪菜ルートを経て、また婚約し、読者はもはや雪菜と離別できないことをわかっている。規範意識の強い春希においてはなおさらだ。それでもなお、春希はかずさを選択する。
・ここから、雪菜と離別し、会社を退職し、友人たちと絶縁し、小木曽家の人びとに謝罪する。しかも、編集部の同僚、友人たち、小木曽家の人びとがみな善人なのだ。そして、ここまでの物語で春希は彼らと信頼関係を築いてきた。三角関係という主題で、主人公を規範的な性格に設定したことの効果が、ここで最大限に発揮される。ここが『White Album2』でもっとも胃が痛い場面で、作品そのものがそう評価される所以だ。
・友人たちに絶縁を覚悟して事情を話す。朋がかずさを不潔だともっともな非難をし、春希は肉体関係はないと弁解する。それに対する依緒の台詞が冴えている。「………なにそれ、最低」「寝てもいないのに、何もしてないのに、取り返しがつかなくなった訳でも、重いもの背負った訳でもないのに…」「ただ、彼女を愛してるからって理由だけで、雪菜を、切り捨てるの…?」「じゃあ、雪菜はなんだったの? 心と身体の両方の繋がりをあわせても、彼女との心の絆に敵わないって言われたんだよ?」。「これだけ周囲をボロボロに壊して、自分たちはプラトニックですって…」「最低の純愛だね。吐き気がする」。「雪菜は色々ないからいいんだ? 一人ぼっちじゃないから捨ててもいいんだ?」「そんなこと言ってないだろ!」「言ってるよ春希… 雪菜は自分がいなくても一人じゃないから、可哀想じゃないから捨ててもいいって、言ってるよ…」。「痛いだろ? 春希」「でもな、春希… 雪菜は…あんたに捨てられた雪菜はこんなもんじゃ…」。
 だが、武也が朋と依緒を制する。「………帰れ、お前ら」「春希を説得する気がないなら帰れ。ただ言い負かしたいだけなら、もう二度と会うな」「もう諦めろ。というか、お前らもう諦めてるじゃないか。いらねぇよこの場に」。名場面だ。結局、春希は親友である武也にだけ曜子の死病のことを話す。武也は春希がかずさを選択したことを諦める。そして、春希は親友をも失うのだった。
・小木曽家の人びとに婚約破棄のことを告げ、謝罪する。5年に及ぶ交際で家族同然の関係になっていただけに、小木曽家の人びとの怒りと悲しみは大きなものだった。だが、愁嘆場に雪菜が飛びこみ、春希を責めるなと言う。そして、もはや自分たち3人の問題であり、他の誰にも口出しさせないと言う。
追加公演前日。とうとうかずさは雪菜と対面する。そして、2人だけで話をつけようとする。雪菜はショックで統合失調症の前駆症状を発症していた。症状の悪化で会社を強制的に休職させられてまでもいた。それでもときおり鋭さをみせ、かずさと対話する。「そんなことある。あなたはたくさんのものを持ってるよ」「ピアノに、賞に、女性としての魅力。それに、それに…」「愛する、人」「全部、かずさが持ってる」「いつの間にか、かずさのものになってる…」。「…あなたの求めてる春希くんは、本当に、今ここにいる春希くんなのかなぁ」「ずっと会えなかった五年間のうちにかずさが作り上げた理想の存在… アイドル、なんじゃないの?」「わたしはずっと、本当の春希くんを知ってる」「三年間、ずっと遠くから見てきた。二年間、ずっと側で見てきた」「かずさの気持ちが変わらなくても、春希くんは変わってしまったんだって、どうして思えないのかなぁ」「あたしの想いが、嘘だって… ただの思い込みだって言うのかよ…?」「じゃあかずさは、春希くんの欠点をどれだけ知ってる?」「わたしは、嫌なところも駄目なところも沢山知ってる。それ以上に、いいところも、素敵なところも、数え切れないくらい知ってる」「かずさが五年間、ずっと夢の中で描いてきた春希くんなんかとは違う… 本物…なの」「たとえあたしの五年間が全部夢だったとしても、それでもあたしはこの数日間、現実と戦ったんだ…」「そしてあたしは… 理想と現実とのギャップに、押し潰されたりしなかったんだ」。
 あくまで話をつけようとするかずさに対し、雪菜は精神病を理由に、何を言ってもムダだと応じる。そして、このまま壊れて、かずさより助けを必要とすれば、春希の気持ちをとり戻すことができると言う。かずさは、それは春希とかずさを苦しめるだけだと言う。そして、もしそうなっても、もはやかずさは雪菜のために春希を諦めることはないと宣言する。
 かずさは自分にはピアノと春希しかないと言い、春希をとった償いのために、ピアノは捨てると言う。そして、卓上のコップを割り、自分の指に叩きつける。この場面にはイベントCGがある。感極まる場面だ。かずさは春希を奪ったという《原罪》を負っているわけだが、ここで春希への愛情が自分の生命と等価であることを端的に示す。そして、贖罪が果たされる。きわめてロジカルだ。
・春希はかずさと雪菜が対面したことを知る。そして、かずさの指は無事なままだった。指が傷つく直前、雪菜が庇っていたのだった。雪菜はかずさを憎みきることができなかった。また、そのことに自分でも混乱して、その場を離れる。呆然自失のうちに、雪菜は交通事故に遭う。
追加公演当日。コンサートの直前、依緒から春希に雪菜が失踪したという緊急の電話連絡がくる。春希は雪菜を探しにゆく。
 春希は雪菜を発見する。雪菜はふたたびかずさのコンサートを妨害したことを謝る。だが、春希はそれを否定する。かずさのコンサートは大きな成功をおさめていた。春希はもう状況に関わらずかずさを愛しつづけることを誓い、かずさもそのことを認めていた。そのため、もはや春希の不在はかずさの障害とはならなかった。
 ここにおいて本作の三角関係という主題が昇華される。つまり、本作において愛は一貫してネガティヴなものとして描かれていた。雪菜への愛は義務感によるもので、かずさへの愛は罪悪感をともなうものだ。それが、この場面において愛が奪うものから与えるものへと逆転した。このため、やはりかずさENDが本作の正史である。
 「なぁ、春希」「ん?」「あたしはさ、これからもピアノ以外は何もできないかもしれない。…ううん、多分その可能性が一番高いと思う」「何を今さら」「金銭感覚がなくて、家事もできなくて、もしかしたらピアノで金を稼ぐこともできなくなって、お前に地獄を見せてしまうかもしれない」「織り込み済みだよ、そんなの」「お前はあたしのために無理して、体を壊して、長生きなんかできないかもしれない」「お前なぁ… 今からそんな縁起でもないこと考えてたって」「けどさ…たった一つだけ、絶対に保証する未来がある。…お前が死んだら、あたしはすぐに後を追う」。
・春希とかずさは渡墺する。機上で春希はギターの処分を忘れたことに気づく。ギターは雪菜に捧げたもののため、オーストリアに持ってゆくことはできなかった。
・エピローグ。2年後、すでに春希とかずさは入籍していた。曜子からオンラインでメッセージが届く。添付されていた動画には、朋、依緒、武也、そして雪菜が映っていた。そして、雪菜は春希の残したギターで弾語りを披露するのだった。
 大団円である。

 いかがだったろうか。感動的と評される本作が、きわめてロジカルに構成されていることがお分かりいただけたと思う。
 ただ、本作にもただ1つだけ難点がある。それは多大な分量だ。プレイ時間が60-80時間ある。いわゆるエロゲが衰退した理由に制作コストとユーザーの時間コストの上昇がある。他のハードに移植するときの通例として、本作にもシナリオが追加されているが、作品の品質そのものには逆作用しているだろう。2011年発売の本作はエロゲの成熟期から衰退期の半ばに位置するが、その観点において、本作はエロゲの可能な品質の臨界点に達している。