2018年度私的百合マンガ大賞(付・百合小説大賞)

 わたしも百合厨であるからには、毎年、年末は『この百合マンガがすごい!』を読んでいるが、たまには自分で選んでみようと思った。それだけでは芸がないので、本年度の百合小説の順位も考えてみた。

・マンガ部門

 

1.模造クリスタル『スペクトラルウィザード』

 物悲しくも美しい寓話。ちなみに、スペクトラルウィザードはこの世から自分の存在を消すという能力の魔女で、『透明人間の骨』と相通ずるものがある。2017年にしてレズの透明人間のブームがくるとは。ウェルズさんもビックリ。

 

2.あらた伊里『総合タワーリシチ【完全版】』上下

 第2位が再版か! と言われるかもしれませんが、それくらいの重大事件でした。そう… 若島正によるナボコフの新訳に匹敵するエポックと言っていいだろう。
 どうでもいいですが、初版での第2巻の《出会いは、惨劇》の帯がなくなって、第1巻と第3巻の帯を上下巻に転用した結果、《出会いは、戦い》と《出会いは、革命》で平仄が合ってエモくなっているの、ちょっと笑いませんか?

 

3.西尾雄太『アフターアワーズ』第2巻

 90年代ではなく、2017年の渋谷のクラブ文化を自然に活写している。第1巻の売上によっては、本巻が発売されなかったかもしれないというのが恐ろしい。なぜなら…
 "「私としては次の仮説を提案します。二人の人間の間の関係の本質は一方がもう一方に隷属するかどうかである、と何世紀もの間みなしてきた文化において、人々の興味と好奇心、彼らの狡知の一切は、相手に屈従を強い、ベッドに一緒に入るよう強いることにあった。性的出会いが容易で頻繁になった今では、そしてこれは今日の同性愛の場合でもあるのですが、諸々の複雑化は行為の後で生じる。したがって、この種の容易な出会いでは、寝た後でしか相手に対して好奇心を抱かないというわけです。性行為が終わってから、相手に「ところで名前は?」と尋ねるわけですね。……」"(『恋愛における最高のときとは、恋人がタクシーで去るときだ』(ミシェル・フーコー著、増田一夫訳『同性愛と生存の美学』))

 

4.平尾アウリ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』第3巻

 平尾アウリ、やはり天才か… ちなみに、今年は同作者の『わびさび』と『青春の光となんか』も上梓された。どちらも軽い百合要素がある。『青春の光となんか』の英題が"awry blue springs"ではじめて筆名の由来を知る。"awry"、すなわち"weird"でマルクス主義ではありませんか!
 リシャールの『フローベールにおけるフォルムの創造』によると、フローベールは怪物により正常なフォルムを嘲弄し、現実の固定性を揺るがすらしい。すなわち、怪物は可能なものの無限の可塑性の徴なのだ。チャイナ・ミエヴィルの諸作では、これを直喩している。

 あと、『わびさび』収録の『夢見る時が過ぎても』の希枝は、モデルがZARD坂井泉水ですよね…?

 

5.模造クリスタル『黒き淀みのヘドロさん』第1巻

 百合要素が比較的少ないため、標題の性格からこの格付けでは下にしたが、個人的には『スペクトラルウィザード』よりも好きだ。〈奇妙な味〉の名品。

 

6.道満晴明『オッドマン11』第1巻

 道満晴明の作品にしては珍しく、おちゃらけつつも、わりと前面に恋愛要素が出ている。つまり、この場合は百合である。
 しかし、第1巻が出るまでに7年かかったらしい。続刊が出るころには年号が変わっているだろう。

 

7.くずしろ『兄の嫁と暮しています』第3巻

 家と喪の話の最新刊。もはや言うことなし。

 

8.仲谷鳰やがて君になる』第4巻

 菱川六花みたいな髪型をしているからお遊びキャラなのかな? と思っていた佐伯先輩が重要な役割を担い、構成の周到さに舌を巻く。

 

9.宇河弘樹『猫瞽女』第4巻

 ソ連占領下の戦後日本を舞台にした瞽女と手引の諸国行脚剣戟復讐譚の最終巻。すべての伏線を回収し、見事な大団円でした。第1巻は『座頭市』シリーズ(ことに『座頭市 血煙り街道』)でしたが、最終巻は『子連れ狼 親の心子の心』でしたね。

 

10.黒釜ナオ『魔女のやさしい葬列』第2巻

 著者曰く吸血鬼物語の語りなおしだそうだが、看板に違わない面白さ。

 

11.缶乃『あの娘にキスと白百合を』第6-7巻

 6巻、7巻ともに〈新しい関係〉を主題にしていて面白い。進歩主義的な物言いなのは許してください。マルクス主義者なので。7巻ではとうとう黒沢ゆりねの物語が動きだし、今後も目を離せない。

 

12.冬目景『空電ノイズの姫君』第1巻

 まさかの冬目景の百合! 冬目景作品の雰囲気はそのままに、少女二人が主人公で、いつもとは作劇が変わっているのもファンとして面白い。

 

13.高橋聖一『好奇心は女子高生を殺す』第1巻

 少女二人の〈すこし不思議〉な連作短編集。軽妙洒脱な雰囲気とエスプリが魅力的だ。
 《友情》を主題とした回もあり、すこし『第七女子会彷徨』を思わせる。ちなみに、『第七女子会彷徨』の作者のつばなは今年『惑星クローゼット』を上梓している。少女二人が主人公で、たしかに百合だったが、怖くてそれどころではなかった。『零』シリーズの百合要素に対する怖さを1とすると、10『零』くらいあった。ゼロに幾らかけてもゼロだが、『零』シリーズの怖さが10倍になったら気絶する。

 

14.大沢やよい『2DK、Gペン、目覚まし時計。』第4-6巻

 物語が大きく進み、目が離せない。フジテレビの夜10時台のドラマなら、第10話くらいのところだ。

 

15.志村貴子淡島百景』第2巻

 『淡島怪談』は志村貴子得意の幽霊譚。このコマの繋ぎ=ショットのカッティングによる幽霊の表現は黒沢清ではないか。つまりドゥルーズで、やはり志村貴子の画面構成はマルクス主義的だ。

 

 その他、アンソロジーの『エクレア blanche』、『新米姉妹のふたりごはん』の新刊、『違国日記』、『透明人間の骨』、『ななかさんの印税生活入門』もよかった。kashmirなのに衒いのない百合だった。『百合星人ナオコサン』より百合だ(当りまえだ)。あと、『木根さんの1人でキネマ』の最新刊。『○○の危機コメディ』の回… 完全にレズ。あ、海外にいる資産家で美食家の親戚というと、ハンニバル・レクター博士を想像しませんか?

 

・小説部門

 

1.松浦理英子『最愛の子ども』

 2018年百合総合部門優勝。どころか、2010年代のベストも堅い。泉鏡花文学賞受賞。
 本作のマルクス主義的解釈については、すでに蓮實重彦が『文學界』2017年6月号に寄稿しているので贅言となろう。
 高校の女子クラス十数人の話でありながら、世界を破壊する物語。

 

2.宮澤伊織『裏世界ピクニック』第2巻

 存在論とホラーとレズの調和で百合厨を唸らせた『裏世界ピクニック』の続刊。第1作がタルコフスキーの映画でいえば、《ゾーン》の草原地帯に過ぎなかったことを教えてくれた。《部屋》に入った百合厨にレズが襲いかかる! 窓に! 窓に!
 ちなみに、リビングに便器が置かれているというのはモダニズム建築の一種で、そういう意味ではニューヨークで流行っているというのもあながち嘘ではない。これにつき、篠原雅武『複数性のエコロジー』はコルビジュエからタルコフスキー映画との関係まで触れていて丁度よい。

 

3.月村了衛『機龍警察 狼眼殺手』

 夏川と宮近の当番回は犠牲になったのだ… レズの犠牲にな…

 

4.柾木政宗『NO推理、NO探偵?』

 《メタミステリ》って薄目で遠くからみると《レズミステリ》にみえませんか?

 

5.乗代雄介『本物の読書家』

 収録作の『未熟な同感者』が百合です。

 

 その他、『スチーム・ガール』、入間人間の新作など。

 

・ドラマ

 

『二人モノローグ』

咲-saki-阿知賀編』

 実写版『咲-saki-』につづき、配役と、演技指導という意味での演出が見事。また、ロケーションが実写版『咲-saki-』にも増す雰囲気を添えている。

 

・アニメ

 

プリンセス・プリンシパル

 斯界、つまり百合厨の界隈では第10話が人気だが、わたしは第9話の『case20 Ripper Dipper』を推す。本作のスパイ小説のジャンル性に対し、本話が《壁を越える》という結論において『寒い国から帰ってきたスパイ』の真逆になっていることを鑑みれば、その意味は明らかだ。

 

少女終末旅行

キラキラ☆プリキュアアラモード

ラブライブ!サンシャイン!!

 

・評論

 

 今年は『ユリイカ』が9月臨時増刊号《総特集=幾原邦彦》に、11月臨時増刊号《総特集=志村貴子》と百合イカの当たり年だった。木造船でイカの密漁をしている北朝鮮の貧乏な漁師たちに分けてあげたい。

 

・ゲーム

 

バンドリ! ガールズアンドパーティ!』

 わたしも本作をプレイするまでは、多大な費用と機会費用を要するソシャゲーを費用対効果から不合理だと思っていた。しかし、本作をはじめたわたしは、餌の報酬で条件付けされた狂った実験用マウスのように、ひたすら音ゲーに没頭していた…
 エリアマップにいる女のアイコンをタップすると会話が表示され、音ゲーをやると、またマップ上のアイコンが更新されるというシステムが画期的だった。チョコレートの包み紙に書かれているクイズや雑学が楽しみで、食べる気もないのに幾つも包装を解いてしまうようなものだ。

 

・その他ニュース

 

志村貴子原画展

 

百合姫』編集長交替

 『ゆるゆり』と『百合男子』が象徴する〈百合冬の時代〉を築いた中村成太郎編集長がようやく異動した。しかし、後任の梅澤佳奈子は編集者時代から悪名高く、編集長就任にあたっても既定路線の踏襲を宣言しており、誌風は変わらないようだ。これは、中村成太郎編集長時代にKADOKAWAによる百合アンソロジー『エクレア』、有志による同人誌シリーズ『ガレット』が創刊するなど、実力のある作家の『百合姫』に対する遠心力が働いたこともあるだろう。よって、『百合姫』が文化的な覇権を取りもどすことはもはやないと思われる。