『ラーメン才遊記』全話レビュー

 ついでなので『才遊記』の内容もまとめる。全11巻なので、この記事で内容を確認しようとしているひとがいるなら、実際に読んだほうが早いです。

第1巻「フムフムとワクワク」

・第1-3杯:汐見ゆとり登場。初めてラーメンを食べたのが半年前というが、奇しくも「ワクワク」というラーメンの本質を悟っていた。
・第4-6杯:廃業寸前のラーメン屋を再建。「今回、俺がやったことは、一日二日で終わるちょっとした工夫だ。なのになぜ、あの老夫婦は長年、何もしないでいた?」「能無しの怠け者だからだよ。」
 芹沢さんが『才遊記』で初のゲス顔を披露。
・第7杯:汐見ようこ登場。ここのやりとりが最高。
・第8-9杯:ようこの弟子と背脂ラーメン対決。

第2巻「奥様は食いしん坊」

・第10杯:承前。「ギトギトの背脂ラーメンにおいてスープは強すぎたり複雑であったりしては逆効果。しっかり塩の効いたシンプル味のスープのほうが、背脂のコッテリ感と甘味と引き立ててくれる…」
・第11-14杯:女性向けラーメン店の改装で夏川と対決。女性向けラーメンの本旨は『発見伝』で既出。(でも… あいつに何が劣ってたって、一番劣ってたのは…)(お客のことを第一に考えられなかったことだ。店への復帰がかかった仕事だからって、自分のことばかり考えてた…)というエピローグもいい。
・第15-18杯:相川くん登場。ネット上で有名な「「やる」というクライアントに、「やるな」という助言だけはしてはならないのだ。」の回。相川くんは46万円、飲食店勤務未経験でラーメン屋を開業しようとした無茶なクライアントなので、あまり須田くんのことを責めないでください… 芹沢さんは昼間だけの店舗レンタルで解決。
 グリストラップの詰まりのトラブルが発生。勉強になる。

第3巻「ラーメン完食街」

・第19杯:承前。
・第20-24杯:ニューウェーブ系ラーメンの現状。武田さん再登場。「食事満足度」の低さが致命的となり、ニューウェーブ系ラーメンはブームを過ぎると絶滅の危機に陥る。生存競争で残留したのはそのことに気づいた店だけ。そして現在、ラーメンのブームは爆食ワイルド系ラーメンと濃厚豚骨魚介系つけ麺の2つだという話。
 咀嚼の必要な具を足すことで、原価はさほど上げずに満腹感… つまり「食事満足度」を改善する。
 「あの頃、私は中原さんのことが大嫌いでしたよ」。かつてニューウェーブ系ラーメンの両雄であった芹沢と中原だが、芹沢は紛いものの「鮎の煮干しの濃口らあめん」を看板にしている一方で、中原は自分の理想のラーメンを実現していた。しかし、それは過去形で、いつしか中原は時代遅れのラーメン職人になっていった。「でも、また、中原さんのことが嫌いになりそうですよ。」。これに対するゆとりの反応が爆笑もの。
・第25-27杯:エレベーターなしビルの4階という最悪のテナントのラーメン屋を改装。居酒屋に業態変更する抜本的解決策で対応。

第4巻「模擬コンペ開始!」

・第28-32杯:後継者探し。外れの後継者候補のラーメンマニアが『発見伝』の知識で店を経営しようとしているのがウケる。
・第33-35杯:難波の初登場。つけ麺専門店の改装でコンペ勝負。つけ麺専門店の過当競争の立地において、最高品質のつけ麺の新メニューを考案したゆとりに対し、難波はラーメン屋に変更することを提案。ゆとりは勝負に勝って試合に負けるのだった。
・第36-37杯:シメのラーメンの話。『発見伝』で既出。

第5巻「魔のテナント」

・第38-41杯:『楽麺亭』チェーンの蒲生社長の再登場。難波とボリューム系ラーメンの新メニュー考案で対決。ボリューム系ラーメンの客層である若い男性は味覚が未熟というセオリーに則り、あえて単調な味付けのメニューを考案した難波に対し、きっちりと味わいに変化のあるメニューを考案したゆとり。外食・中食・家庭料理の発達で、若い男性の味覚も成熟しつつあるとして、ゆとりは雪辱を果たすのだった。
・第42-44杯:国道沿いにある「魔のテナント」。その正体は坂道による視認性の低さだった。競合店はポール看板を出すことでその難点を克服していたのだった。安価な野立ての看板を国道の上り・下りの両方に設置することで解決。
第45-47杯:B級グルメの開発の依頼。各地でB級グルメが開発されては失敗していることの理由。いくら地元の名産を使い、どれだけ美味しい料理を作ろうとも、町興しのために人工的に作りだされた料理など誰も見向きはしない。それはただの創作料理であり、そのためにわざわざ都心から地方にまで出向く人間はいない。B級グルメとして成功しているのは、昔から地元のひとびとに愛され、生きのこってきた料理だけ。

第6巻「なでしこラーメン選手権開幕!」

 この巻からなでしこラーメン選手権編になる。いろいろ面白かったフード・コンサルタントの話も本巻でほぼ打止めです。

・第48-49杯:夏川さんが変な男に引っかかる。
・第50-52杯:「要するに油そばは、将来性あるボロいメニューなんだよ」。高品質で原価率の高い創作系ラーメンは売れず、爆食ワイルド系ラーメンと濃厚豚骨魚介系つけ麺の店は売れる。油そばはその上をゆく。シビアなビジネスの話。
・第53-57杯:なでしこラーメン選手権予選編1。麻琴の初登場。

第7巻「「ワクワク」の正体」

・第58-59杯:ゆとりが麻琴の店に弟子入り。
・第60杯:「1000円の壁」。高級蕎麦屋ではせいろ1枚が1000円を超すことは珍しくないが、それ以上の品質と原価率を持ちながら、ラーメン屋で1000円以上の値付けをすると、途端に売上が落ちる。
・第61杯:「ワクワク」の正体。結局、答えの見つからなかったゆとりは、麻琴のラーメンの欠陥だと思われた味の不調和を解消する。だが、それでむしろ「ワクワク」感は損なわれた。「料理はバランスですが…」「ラーメンはアンバランス! それが「ワクワク」の正体です!」。納得感がある。
・第62-66杯:なでしこラーメン選手権予選編2。
・第67杯:なでしこラーメン選手権予選編3。

第8巻「新東名ラーメン・バトル!!」

・第68-69杯:承前。
・第70-71杯:「金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる。」の回。3Kのラーメン業界はなんだかんだで世間的に地位が低く、人材難であるという話。
・第72-77杯:なでしこラーメン選手権準決勝編1。

第9巻「狙われた『らあめん清流房』」

・第78-79杯:なでしこラーメン選手権準決勝編2。
・第80-83杯:「お客様は神様などではありません。」「お客様とは… 人間です」。店内環境の話。『発見伝』で既出。
・第84-87杯:『才遊記』の白眉。競合しない大手チェーン店の近隣に出店し、マーケティング費用を節減するとともに、外食ローテーションにフリーライダーする「コバンザメ戦略」に対し、競合するチェーン店に同品質で低価格の商品で出店し、商圏の奪取を狙う「カッコウ戦略」。「らあめん清流房」はその標的にされてしまう。なんと、実質的に鮎の煮干しが寄与していない「鮎の煮干しの濃口らあめん」と同じ味のラーメンを、鮎の煮干しを使わずに低価格で出品しているのだ。『発見伝』からの読者にとっては、まさに固唾を呑む展開。
 「芹沢達也の手がける店は全滅させないと、私の気が済まないものでね。」。かつて芹沢の部下だった安本は優秀で、「鮎の煮干しの濃口らあめん」の欺瞞に気づいていた。「淡口らあめん」がお荷物メニューであることを指摘、撤廃することを提案するが、そこで芹沢に「濃口らあめん」の真実を聞かされる。「冷徹なリアリストに見えて、実はビジネスという鎧で理想を守ってるロマンチストなんですね」。これほど的確な芹沢評は他にあるだろうか。
 つまるところ、安本は芹沢の最高の理解者だったが、理想だけは理解しなかった。鮎の煮干しを使わずに、横流しして裏金をプール。その金が現在の「カッコウ戦略」の資金になっている。つまり、芹沢は「濃口らあめん」に関わる自身のダークサイドと対決することになる。

第10巻「「選手権」決勝戦スタート!!」

・第88-89杯:承前。「いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ」の出典。芹沢はきちんと鮎の煮干しの活きた「濃口らあめん・解」のレシピを引っぱりだす。アンテナショップの「麺屋せりざわ」は、その商品開発のために設立されたという事情も明らかに。「芹沢達也、孤高の原点… これに固執する気持ちも分かる…」「『らあめん清流房』とともに、この「淡口らあめん」も消える… 奴の血と汗と涙と理想の結晶が… ンクククッ… ヒャ~ハッハッハッハッ!!」。従来の「濃口らあめん」より値上げして出品。さらにイメージで付加価値を付けていた「濃口らあめん」を廃止、低価格の「濃厚煮干し麺」に替える。こうして、芹沢は「濃口らあめん」に関わる自分の過去と決別するのだった。『発見伝』読者にとっても、最高の決着である。
・第90-97杯:なでしこラーメン選手権決勝戦

第11巻(最終巻)「本物のラーメン屋」

 傑作。本巻のラーメン勝負はあらゆる料理マンガでも至高の対決。

・第98-99杯:承前。
・第100-106杯:ゆとりとようこの母子の「ワクワク」ラーメン勝負。ゆとりの進退がかかり、物語としてもクライマックス。「ワクワク」とはラーメンの本質のこと。つまり、ラーメンとは何かの形而上的な対決がおこなわれることになる。
 「こ、これはさっきと比べると…」「ラーメンになってますね。」。「大抵のものごとはまず本物が存在し、その後に偽物が生まれます。ところが戦後ラーメンは、安上がりに手っ取り早くできるからと、フェイクにフェイクを組み合わせて成立しました。最初にフェイクありき… だったんですよ」。
 「い、いえっ! 私は、ゆとりさんの「水ラーメンのほうがずっとラーメンらしかったと思います!」。「あのラーメンの中には過去しかない。」。
 「そうですねえ… 率直に言いますと… ようこ先生はラーメン批判などしていないとおっしゃってましたが、それでもあの一杯からは…」「しょせんラーメンの本質は偽物(フェイク)であり、無化調ラーメンの如き本物の料理気取りはちゃんちゃらおかしいという、上から目線のラーメン観を感じましたよ。」。ニューウェーブ系ラーメンは下火になったものの、実のところ、その姿勢はラーメン界に深く浸透していた。現在の濃厚豚骨魚介系やボリューム系も、その影響を受けている。「ラーメンとは… フェイクから真実を生み出そうとする情熱そのものです。」。
 すごすぎる。あらゆる料理マンガ、いや、あらゆるマンガのなかで至高の対決である。そして、芹沢さんの言はアルチュセールの重層的決定であり、あらゆる物事に通じる普遍性がある。傑作としか言いようがない。
・第107杯:ゆとりは女性だけで経営する、日替わり創作ラーメンの「麺屋なでしこ」を開業する。奇しくもその値付けは1000円。「1000円の壁」を超えたのだった。最後、ゆとりがラーメン業界を志すことになる、初めて食べた1杯というのが「ラーメンふじもと」のものだったと明らかになって幕。

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