模造クリスタル『ゲーム部』感想 - 「日常系マンガ」の極北にして金字塔 -

 ※ネタバレ注意。
  傑作です。未読のかたは書籍化を待つか、ただちに同人版を読むことをお勧めします。ただし、最終巻の『ゲーム部⑪ファイナル』と、おまけの『ゲーム部⑫エクストラコンテンツ』はダウンロード販売されていません。

(関連:『スペクトラルウィザード 最強の魔法をめぐる冒険』感想 - 毒物を仕込んだリンゴをスケッチし、その後、それを齧って自殺した男 -)

http://snowwhitelilies.hatenablog.com/entry/2019/10/24/214046

 模造クリスタルの同人誌『ゲーム部』シリーズを読んだ。
 他の同人誌と同様、書籍化されるものと思っていたが、その噂もない。
 だいたい、憂鬱で希死念慮にかられる人生を送っているのに、待つという行為は無意味だ。そのため、同人版で読んだ。
 傑作だった。
 以下、登場人物と各巻のあらすじを書き、そののちに感想を記す。

○登場人物

2年生

・部長:本作の中心人物。健康的な少女。ゲーム制作に血道をあげている。
・副部長:プログラマー。あまり出番はない。

1年生

・べし子:本名「表林戦うべし」。テストプレイヤー。つねにハイテンション。重度のゲーマー。
・おヨネ:プログラマー。冷静沈着。部長の片腕。

新入部員(1年生)

・スワ:物質を偏愛する少年。新作『モンスターズアゴニー』の制作では、キャラクターデザインを担当する。
・森下:無表情で暴力的な少女。新作『モンスターズアゴニ―』の制作では、シナリオを担当する。

3年生

・カイ先輩:お気楽な性格。実質、幽霊部員。
・吉崎先輩:最後まで名前しか出てこない。

顧問

・先生:優柔不断な性格。ゲームマニアでレトロゲームの収集家。

○あらすじ

・『ゲーム部』

 レトロな2Dゲーム『レナードのワールドオブアドベンチャー2』を部長とべし子がプレイ。画面から見切れると死亡扱いになるため協力プレイで喧嘩になったり、リスポーンのために浮きあがった風船が変なところで引っかかって「そこで復活するんじゃない!」と文句を言ったり、ワイワイ言いながらプレイする。
 この実況プレイ形式(コマがそのままゲーム画面で、吹出しが被さる)のパートが本シリーズの魅力で、9、10巻を除き、各巻に1度か2度ずつある。

 おヨネが「ゲーム部にぴったりの人材がいる」と言って、同級生のスワを連れてくる。スワはゴム製のアヒルの「じゅん子」を肌身離さず身につけていて、教師が取りあげようとすると錯乱する変人だった…
 ついでにイラストの技能も持っていた。
 部長はスワをゲーム部に迎えいれた。

 副部長、カイ先輩、先生も顔見せ。吉崎先輩も名前だけ出てくる(最終巻まで名前しか出てこない)。

・『ゲーム部②アングリークッキーキング』

 べし子が「ゲーム部にぴったりの人材がいる」と言って、同級生の森下を連れてくる。端的に言って、森下には暴力癖があった。
 副部長がスワに「ライフゲーム」の解説をする。ライフゲームのデジタル生命に惹かれるスワ。
 2人がコンピュータールームに戻ると、森下が暴力ゲームでゲーム上のキャラクターを殺戮していた…
 ゲームははじめてだが、暴力ゲームは気にいったと言う森下。スワたちがドン引きするなか、部長は森下を大歓迎し、ゲーム部に迎えいれた。
 納得できないスワは、おヨネに「要するに部長は変人が好き」なのだと聞かされる。「部長も昔は森下みたいだった」と言うおヨネに、部長はおヨネが「近頃、反抗的」だと漏らすのだった。

 森下はその後、ゲーム部に行くことがなく、べし子に「要するに疎外感を覚えている」のだとうち明ける。べし子は森下を強引にゲーム部に連れていく。
 部長は森下にゲーム部の過去作をプレイさせる。
 第1作の、いかにも自作の『ひとりでババぬき』。パズルゲームの『ネザーストーン』。縦スクロールシューティングゲームの『ピアシングランス』。
 『ピアシングランス』をプレイして、なぜ敵が宇宙戦艦なのに、プレイヤーキャラクターの武器が槍なのかとツッコむ森下。部長は森下に狂ったバックストーリーを語る。べし子は爆笑しながら、部長の制作したゲームにはすべて狂ったバックストーリーがあると言い、『ネザーストーン』のバックストーリーを教える。曰く、その世界ではすべての物質は4種のボックスに圧縮されて云々…
 最後に、べし子が入部してから制作した2Dゲーム『アングリークッキーキング』をプレイする。一部のステージはべし子が作成したという。森下は素人の作ったステージ独特のバランス調整に翻弄されるのだった(※)。
(※『スーパーマリオメーカー』シリーズを先取りしている)

・『ゲーム部③エスケープフロムマーズ』

 新入部員を除き、グロッキーな一同。新作の横スクロールシューティングゲームエスケープフロムマーズ』を完成させたのだった。
 部長は先生に見せてテストプレイしてもらう。ゲームの「西暦2002年…」のテキストにまずズッコケつつ、破壊された火星から貨物船で脱出し、宇宙戦艦から逃げるという横スクロールシューティングゲーム(貨物船なので自分はシューティングできない)をプレイする先生。
 ステージ1をクリアしたあと、「こうして、火星を破壊した犯罪者たちは宇宙戦艦の追手をふり切ったのだった」というテキストにふたたびズッコケる先生。部長は「大事なことはつねにあとから分かるものです」と語る。先生に乞われ、部長はその後、ステージをクリアするごとに明かされるシナリオを語る。

 部長は一同に先生の好評を報告する。「私たちはゲームを完成させた… ということは、また新しいゲームを作ることができる!」
 たまたま珍しくカイ先輩も来ており、部長は新作の計画を発表する。新作は新入部員2人を中心として企画、制作すると言う。

 新作の企画会議。
 森下は提案を求められ、「勇者がドラゴンと戦ったりするゲームとか」と発案する。「RPG?」「そうそれ」。「でもRPGは大変だよ。イベントを作らなくちゃいけないし…」「イベントはいりません。自分以外、全員死んでいるから」。一同がドン引きするなか、部長だけは乗気に。
 「エネミーはどんなモンスターにするの?」「人間です。モンスターより人間のほうが怖い」。さらに一同がドン引きするなか、部長だけはさらに乗気に。
 反対する一同に、森下は力説する。「モンスターより人間のほうが怖い。なぜなら、人間は嘘をつく。人間は飢えのためならなんでもする。あなたたちは本当の飢えを知らない…」。
 引いたままの一同に、部長が森下の素案を仮案にしてみせる。崩壊後の世界、なんの希望もないなか、主人公は安楽死薬を手に入れる。しかし、主人公はそれを服用することはせず、崩壊後の世界を旅する。自分と同じような人間が、世界にもう1人だけいるかもしれない。その希望のために… 「このゲームの魅力は、いつでもアイテム欄の安楽死薬を使用して、エンディングを迎えられるということね」。「暗すぎる…」とドン引きする一同。「それで、その《もう1人》はマップのどこに配置するんですか? そこが重要でしょう」。おヨネの質問にキョトンとする部長。「え?」「え?」「…暗すぎる!」。
 企画はポストアポカリプスが舞台のRPGということで決定する。

 森下と仲良くしようとするスワ。ホッブス的な世界観を持つ森下はそれを拒否。なおもつきまとうスワに、森下は胸倉を掴みあげる。「私は善人じゃない。でも少なくともあなたのような嘘つきじゃない!」。スワはゲーム部に来なくなる。

・『ゲーム部④アバンドンドシティ』

 部長は新入部員2人を仲良くさせたいらしい。その行動に疑問をもったスワは、部長の変人好きの発端を調べはじめる。
 同じ中学に通っていた部員たちに取材する。おヨネに尋ねても淡泊な反応しか返ってこないが、「そういえば、中学のときはあの髪飾り(※)を着けていなかった」という情報が得られる。副部長に尋ねてもなしの礫。(※キャラクターデザイン参照)
 べし子は髪飾りの正体を「マッドムーン」だと明かす。地球からはつねに月の表面しか見えず、裏面は決して見えない。それと同じく、「マッドムーン」は「お前が見ている私は片面だけだ」ということを宣言している。
 べし子はさらに言う。部長は暗いゲームばかり好む。部長はゲームが下手なのにゲーム部の部長に就任した。おそらく、プレイヤーを殺人や自殺に誘導するゲームを作ろうとしているにちがいない… 「バカなこと言わないで!」。普通に部長の目前でその話をしていたべし子。部長は「マッドムーン」の髪飾りを、ゲーム『ナイトオブマッドネス』のグッズで、イベントで買ったものだと説明する。さらに、ゲームはそこまで下手ではないし、べし子に比べれば誰でもゲームが下手だと言う。
 部長はスワと森下に、新作の取材という名目で、部費で上映中のポストアポカリプスものの映画を観に行かせる。「デートみたいなものだと思って…」「デート!?」。

 映画鑑賞後、感想を話しあうスワと森下。スワはライフゲームを引合いに、ポストアポカリプスのディストピアはおかしいと指摘する。仮に文明が崩壊したとして、人類が全員、略奪者になれば、食物連鎖の生態系が維持できなくなる。それに対し、森下は食糧が乏しければ、人類は全員、略奪者になるというホッブス的な世界観をふたたび披露する。
 報告の際、スワは部長に森下と仲良くなったか尋ねられ、「とりあえず、あれが平常運転だということは分かりました」と答える。

 休日の部長の1日。『NY CITY RAMPAGEⅢ』という『GTA』シリーズのようなオンラインゲームをプレイ。オンラインでべし子と落ちあい、ウサギの被りものをして自殺的なプレイをするべし子にドン引きさせられる。

・『ゲーム部⑤モンスターズアゴニー』

 戦闘コマンドの開発が終わる。部長はスワにキャラクターデザイン、森下にシナリオを割当てる。
 シナリオを任された森下は苦悩する。単純に自分の書きたいように書けばいいという部長に、森下は反問する。「でもそれはゲームのなかで満腹になるのと同じで、かえって惨めになるだけじゃないですか?」。それに対し、部長はゲームと現実の関係に関する長い自説を開陳する。
 どうしてもホッブス的秩序が認められないスワは、森下とともに部長に相談しにいく。それに対し、部長はゲーム理論を解説する。

 部員たちが忙しなくするなか、1人だけFPSをプレイするべし子。森下は部長に、なぜべし子にはなんの仕事もさせないのか尋ねる。部長はべし子は「理想のテストプレイヤー」であり、なるべく空っぽの状態でテストプレイさせたいのだと説明する。納得できない森下に、部長は1日、べし子とゲームをプレイすることを指示する。
 森下ははじめて(コンピュータールームではなく)部室に行き、先生のレトロゲームのコレクションを見る。また、とくに欲しいものがあれば別個に購入できるという。
 べし子は2Dゲーム『Building Break』で、こうしたレトロゲームに付きものの無限のステージを18面までクリア。さらに、バグゲーとして探索型アクションゲーム『NECROPOLIS』を紹介してみせる。
 森下は部長にべし子と1日、ゲームをプレイした感想を尋ねられ、少なくとも、疲れるということだけは分かったと答えるのだった。

・『ゲーム部⑥ゲイジングイントゥダークネス』

 部長はスワにドット絵の作成法を教える。
 スワの部長への調査は進んでいた。部長は友達もなく、遊びもせず、生活のすべてをゲーム制作に捧げている。誰も怒ったところは見たことがない。本当の姿を隠しているにちがいない。
 スワに業を煮やした森下は、スワの調査ノートを取りあげ、その内容を部長に直接、質問すると宣言する。スワが制止するなか、森下は部長のいる部室に歩を進めていった…
 覚悟を決めた森下に対し、秘密を告白しろと言われても、困惑するだけの部長。「そうだ。森下ちゃんの秘密を教えてくれたら、私の秘密も教えるよ」。
 その言葉をきっかけに、森下は幼稚園で暴れたときを端緒とする、暴力に満ちた半生と、社会との齟齬を告白する。
 森下の告白を聞き、部長も語る。その通り、私は本当は暗い人間だ。しかし、あるとき1本のゲームに出会ってから変わった。この世には無数のゲームが存在する。どれだけゲームをプレイしても次のゲームが存在する。そのために生きていられる。「ゲームが私を救ってくれた。私の秘密は、ゲーム開発者になりたいということ」。
 森下はスワとべし子にそのことを報告する。
 部長の人生を変えたゲームが存在する。べし子は言う。「そのゲーム、やったことあるよ」。

・『ゲーム部⑦ファーサイドオブマッドムーン』

 部長と中学以来の付きあいで、ゲーマーのべし子はそのゲームを借りたことがあるという。ただ、暗くて難解で冗長なために途中で投げたらしい。スワと森下は、部長がそのゲームの話をしたがらないのはそのためなのでは? とべし子を睨む。べし子に分かっているのは、そのゲームが最悪で、部長の人生を変えたということだけ。しかし、この世にはプレイしたものを狂わせるゲームがあるとおどろおどろしく語る。
 スワと森下がそのゲーム『ナイトオブマッドネス』を貸すように部長にせがむと、親に捨てられたと答える。1年生たちは、先生に言えばゲームを購入してくれることを思いだし、依頼する。『ナイトオブマッドネス』はさまざまな不穏な噂があり、オンラインで在庫を調べても払底していた。が、先生が専門店に行くとプレミア価格で一点物を買うことができた。

 1年生3人はべし子の家で『ナイトオブマッドネス』をプレイする。
 RPG、ミステリーゲームに付きものの「まだすべて探索していない」だの「そこを調べたらどうだ」だの勝手な推理だので言いあいをしながらプレイする3人。なお、「マッドムーン」はずっとゲームの背景に出ている月のことだった。

 ゲーム部の名義で『ナイトオブマッドネス』を購入したことを知り、驚く部長。「なにも隠さなくていいのに」。暗くて難解で冗長なために1年生3人が途中で投げたと知り、ガッカリする部長。
 『ナイトオブマッドネス』が暗い内容だったために、ゲームは人間に悪影響を与えるか尋ねられ、部長は「与えるに決まってる」と答える。しかし、それは他のメディアも同じだ。部長はコロンバイン高校銃乱射事件を例に、ゲームと人間の関係に関する自説を語る。
 カイ先輩が来て、部長とアクションゲーム『CONTRACT CRASH』をプレイする。部長はローキック連打という姑息な戦法を使うが、カイ先輩にあっさりK.O.されるのだった。

・『ゲーム部⑧ウォリアーウィズアウトソード』

 とうとうゲーム制作も終盤に。
 シナリオもおおむね形になり、マップを作成することに。全6ステージで、おヨネと副部長はコーディングがあるため、残りの4人で分担する。部長が意味深長な第3ステージを、べし子が『アングリークッキーキング』の実績でカオスな最終ステージを、あとはスワと森下が2回ずつ担当する。

 部長がべし子がつねにハイテンションな理由について語る。べし子の両親はメキシコ人で、べし子に「戦うべし」と名付けた。現実世界で戦えば逮捕される。代わりに、べし子はゲームのなかで戦うことを始めた。実のところ、べし子がゲームをプレイしているときは、ゲームそのものを破壊しようとしている。べし子が逸脱したプレイをして、どんな些細なバグも見つけるのはそのためだ。だからこそ、べし子は「理想のテストプレイヤー」なのだ。

 部長とべし子が『マインクラフト』的なオンラインゲームをプレイする。

・『ゲーム部⑨プレアポカリプス』

 いまだに部長のことを疑っているスワ。森下はスワに「要するに部長のことが好きなんでしょう」と言う。
 スワと森下で、直接、部長に殺人ゲームを作ろうとしているのか尋ねると、笑って昔のことだと答える。部長も昔は追いつめられてナイフをもち歩いていたりもしたらしい。ドン引きするスワと森下。一方、スワは物質を偏愛し、森下は幼稚園のとき暴れたことを皮切りに、暴力癖を抱いてきた。

 部長はふたたび取材のため、部費でスワと森下に映画を観に行かせる。前回は森下好みで、今回はスワ好みの子供向けアニメ映画だった。
 映画鑑賞後、感想を話しあうスワと森下。
 川にかかった鉄橋の上で、2人の議論は激しくなる。スワは世界のすべてが物質なら平和で、なぜなら物質は永遠だからだと言う。それを聞き、森下はスワの「じゅん子」を奪う。「物質が永遠? そんなはずはない。物質はとても壊れやすい。私は誰よりもそれを知っている…」。森下が「じゅん子」を壊そうとすると、スワは錯乱する。森下は呆れ、ついには「じゅん子」をポイと川に捨てる。
 スワはそれを追った。

 夜、部長のもとに電話がかかってくる。相手は森下だった。森下は自分のせいでスワが川に飛びこんだことを説明する。そして、警察隊が捜索しているが、いまだにスワが発見されていないことを言う。「どうしよう… 私、スワくんを殺しちゃった…」。呆然とする部長のアップで幕。

・『ゲーム部⑩アンダーウォーター』

 部長は先生に電話する。先生は冷静かつ着実に対応し、そうするともう部長にできることはなくなった。他の部員に状況を知らせることを考えるが、無意味に心配させるだけなので思いとどまる。こうして、部長の長い夜がはじまる…

 心配しても無意味なため、ただ寝ようとするが、スワが死んだ場合のことを考えて眠れなくなる。スワが川に飛びこんだ原因を作った責任は自分にある。自分にすべての責任があるわけではないと分かっていても、自責と憂鬱が抑えられなくなる。気分の沈下は激化する。
 震えるなか、こうして不眠と自殺願望に襲われ、世界の終末を望みながら頭を抱えるのは、ゲーム部に入部する以前は毎夜のことだったと思いだす。なぜ、自分は今日まで生きてこられたのか? そのことが不思議でならない。
 考えた挙句、それはゲームのおかげだったと気づく。ゲームがあるから、私は今日まで生きることができた。ゲームが私を救ってくれた。
 部長はゲームをプレイする。だが、どのゲームをプレイしても、まったく面白くない。人生でもっとも辛いときに助けてくれないのなら、ゲームに救われたなどと言うことはできない。ゲーム画面の前で、部長は絶望する。

 やがて夜明けを迎える。「眠い…」「もうなにも考えたくない…」。なにも解決しないまま朝になる。
 登校しなければならない。部長は憂鬱になりながらも身支度をする。鏡の前で、「マッドムーン」の髪飾りを手にする。そして、髪飾りをつける。

 鏡に映るのは、「マッドムーン」の髪飾りをつけた、いつもの部長だった。

 部長は登校して、何事もなかったかのように振舞う。級友にも昨夜、起きたことは言わない。部長はいつも通りに授業を受ける。授業中、おヨネが部長のクラスを訪れる。そして、スワが無事に発見されたことだけを報告し、すぐ辞去する。授業が再開する。
 部長はいつも通りに授業を受けながら、涙だけを流していた。

 スワが無事に発見されたことで、いつになくハイテンションの部長。だが、ゲーム部に行くと、べし子から森下が欠席していることを聞かされる。スワの次は森下かと疲労感を覚える部長。だが、森下の行先には心当たりがあった。
 案の定、森下は川にいた。「じゅん子」を探していたらしい。部長はカイ先輩を原付を持参させて呼びつける。森下を家まで送ったあと、カイ先輩の原付で川を下っていく。だが、海に着くまで「じゅん子」は見つからなかった… 河口にかかった鉄橋の上で、呆然と海を眺める。カイ先輩は適当なことを言って部長を慰める。

・『ゲーム部 ファイナル』

 部長は残る部員にこれまでの顛末を話す。副部長はドン引きし、べし子も実感がないようだった。
 森下は欠席を続け、いまだ「じゅん子」を探していた。川べりを歩く森下の回想で、最初に森下が幼稚園で暴れたのは、友達を助けるためだったことが分かる。
 部長は森下を慰める。あと1年で自分が部長のようになれるとは思えないと言う森下に、部長は「自分はただお姉さんぶっているだけ」だと諭す。
 部長とおヨネ、そしてべし子でスワを見舞う。そして、スワに森下のことを話し、「じゅん子」を見つけたことにしてほしいと頼む。スワは踏んだり蹴ったりだと言いつつ、その提案に同意する。

 しかし、その後、スワと森下がゲーム部に来ることはなかった…
 結局、ゲーム部は元の4人に戻る。そのゲーム部にある人物が現れる。「吉崎先輩!?」。
 部長は吉崎先輩に、完成した新作『モンスターズアゴニー』をプレイさせる。「OH HEY YOU IDIOT!」(※)。スワと森下が手がけ、トチ狂った内容の『モンスターズアゴニー』に戦慄する吉崎先輩。
(※面白すぎる。最終巻で新登場していいキャラクターではない)

 吉崎先輩は『モンスターズアゴニー』に没頭。それぞれが自分のことをし、沈黙が訪れる。部長は室内を見て独白する。「どんなに酷いことが起きても日常は続くのよね。なぜなら、それが日常ということだから」。その独白とともに、作品は唐突に終わる。

・『ゲーム部 エクストラコンテンツ』

 『ファイナル』の続き。吉崎先輩がなぜゲーム部に来なくなったかと、ゲーム部に来ないあいだ、何をしていたかの話。

○感想

 本シリーズが物語的に最高潮に達する場面は、1枚絵で部長が鏡に映った自分を見るところだ。
 部長は夜を通じて苦悩し、自問自答をくり返すが、物事はなにも解決しない。ただ朝になる。それで問題の進行が終わるだけだ。
 「マッドムーン」の髪飾りをつけた部長は、そうした問題や苦悩とは無関係な、まったくいつもの部長だ。実のところ、べし子が「マッドムーン」について言ったことは正しかった。他人から見える部長は、片面でしかない。鏡を使用した構図がそのことを強調している。
 だが、部長のもう片面、「ファーサイドオブマッドムーン」とは、そうしたドラマチックなものではなく、もっと些細で日常的なものでしかなかった…

 デヴィッド・リンチは『ブルーベルベット』や『ツイン・ピークス』で日常に潜む非日常を描いた。その非日常は、大衆的に表現すれば「狂気」とでも言えるだろう。『ゲーム部』シリーズはそれとは反対に、日常が非日常を基盤にしていることを描いた。
 非日常、大衆的に表現するところの「狂気」は、実のところ、まったく重要ではない。ドラマチックな出来事は、私たちの生活のごく一部でしかない。私たちの生活のほとんどを占めるのは日常だ。そして、本来はホッブス的な世界観の、文明の崩壊したポストアポカリプス同然の非日常が、どのようにして日常になっているか。
 『ゲーム部』シリーズは、逆立ちした『ブルーベルベット』や『ツイン・ピークス』なのだ。

 模造クリスタルの作品は、『ビーンク&ロサ』は別として、『スペクトラルウィザード』、『黒き淀みのヘドロさん』ともに、思弁的な作風に対し、最後に中心主題を言明する(『スペクトラルウィザード 最強の魔法をめぐる冒険』を独立した1作と見なすなら、本作は説明はない)。本シリーズもそうだ。
 また、『スペクトラルウィザード』の中心主題は本作と通底している。

 さらには、ライフゲームホッブス主義、ゲーム理論の挿入で、唯物主義、物質主義をあらかじめ説明している。
 人間は数学的、物理学的に言えば複雑系で、高等に見えるが、あくまでさまざまな数学的、物理学的な現象が複雑化しただけで、ライフゲームと大差はない。正確に言えば、ライフゲームはもっとも還元しやすい複雑系の1つだ。

 そして、部長は「ゲームに生かされている」と言う。唯物主義的、物質主義的な世界を生きるものにとって、これは真実だ。
 同時に、ゲーム=フィクションも、その唯物主義的、物質主義的な世界を構成するものでしかない。『二流小説家(The Serialist=シリーズ専門家)』という小説に、こうした1節がある。「小説が自己完結的で、独立した世界をもつなんていうのは嘘だ。この世界に無数にあるシリーズものの小説、ジャンル小説のことを考えると、その熱量に圧倒されそうになる」。
 非日常なもの、ドラマチックなものの代表はフィクションだ。フィクションはそのすべてがドラマチックであり、非日常だ。それゆえ「日常系マンガ」というジャンルは逆説的だ。
 『ゲーム部』シリーズは、その逆説性を通じ、私たちの生活の本質を描破した(※)。
(※「日常に潜む『狂気』」だの「日常に潜む『異常』」だのに大喜びする一般大衆が、どれほど愚かかは、いまさら言うまでもない。しかしまた、日常というものの凄絶さを描くことのできる孤高の作家も、ごく少数しかいない)

 『ゲーム部』シリーズは歴史的な傑作だ。誰かが寄贈しているかもしれないと思って、読後、国会図書館の蔵書検索で確かめたほどだ。
 しかし、たしかに商業出版は難航するかもしれないと思った。前半はハトポポコみたいなノリで、しかも、それで並みならず面白いのに、後半で急にいつもの模造クリスタルになるため、販売には向かなそうだ。
 ちなみに、Webラジオの『人生思考囲い』の第1回で『ゲーム部』の話をしているのだが、中野でいちが「どうせ日常が続くなら何も起きなくていいじゃん! ドラマが起きるならもっと俺を甘やかしてくれ! うわあああ!」と悩乱していて面白かった。